釈然としないままでは次へ進む事なんて出来ない。
不動を撃ったのは誰なのか・・・。
オレ自身が無意識に、不動を撃ち抜いていた可能性だってないとは言い切れない。
デイビットと不動の会話の相違点も現時点では、どちらが正しいのか分からないが・・・

「悪いが、断る」

まだ見ぬ『ヤツ』へ歩み寄る為には立ち止まる訳にはいかない。
デイビットのボディガードについては、不動を撃ち抜いたのがオレの銃かを確認し、『ヤツ』への報復が済んでから考えたって遅くはないだろう・・・。
デイビットが心細いのは理解出来るが、当面は資産力で大丈夫な筈だ。

「それは残念デス」

納得してくれた様子のデイビットは掴んでいたオレの右腕から片一方ずつ、ゆっくりと手を外そうと力を緩め始め・・・デイビットの右手が完全に離された・・・。

「では、任務を遂行して頂いたせめてものお礼として・・・」
「礼?」
「Present for you」


うっ!


デイビットは言葉と共にポケットから何かを取り出し、オレの顔に吹き掛けた。
網膜に焼け付くような痛みが走り、目の前が真っ暗になった。
これは・・・催涙スプレー!

「ふざけ・・・やがって・・・!」

無理に目を開けるが涙腺が傷付いたようで、視界が滲んでいる。
闇雲にデイビットを殴り倒そうとするが、逆に頭を掴まれて床に引き倒された。

「オイオイ、手癖の悪いGirlだな。元GX隊員はダテじゃないというワケだ」

抵抗しようにも視界は滲み、時間が経つにつれ、体中が痺れだしてきた。

「ククク・・・いいねぇ、その反抗的な目。見れば見る程、Meの好みだ」
「何言って・・・やがる・・・」
「Meは、YOUのような潔癖で正義感の強い美女が屈辱に顔を歪ませる様が大好きでね・・・」

狂気じみた声に、全身が粟立つ。
コイツは・・・異常だ・・・!

「変態ヤローが・・・」
「Great!最高の褒め言葉だ。今まで数え切れない程の人間を相手にしてきたが、どれもこれも物足りなくてネ。皆、Meに媚びるだけのつまらない人形だった。YOUが殺した不動も同じさ・・・。ほら、羨ましそうにこっちを見ているぜ。コイツにも存分に見せつけてやらないとな」

コイツはオレの髪を掴んだまま、不動の死体のすぐ側まで俺を引きずっていく。

「はな・・・せ」

抵抗しようにも体が痺れて力が入らない。
わずかにでも抵抗しようとするオレの様をデイビットは嘲笑う。

「ほら、こうやって・・・」

ふとジッパーを下ろすような音が聞こえ、頬に生温かいモノが触れた。

「ひっ・・・!」

朦朧とした視界の中、霞んだ視界でもそれが何であるのか、はっきりと分かる。
生々しい色の肉の塊がオレの鼻先に押し付けられている。

「どうすればいいか、分かるだろう?万が一歯でも立てたら・・・」

コメカミに銃口が押し付けられた。

「拒めるワケがないよなぁ?YOUは人を殺して、Meがそれを見ている・・・」

オレが殺した・・・?
オレが不動を殺した姿を・・・見たのか!?

「Meの発言が世界にとって今どれだけの影響力を持つか、賢いYOUには分かるハズだ」

抵抗すら出来ないなかでオレの頭の中には不動を撃ち抜いたのが誰なのか・・・無意識のうちにオレ自身が撃ち抜いていたのか・・・その事ばかり考えていた。

「さぁ、早くしゃぶるんだ。上手に出来たら、これでYOUの脳天を綺麗にブチ抜いてあげよう・・・」

視界は閉ざされ、体は痺れて満足に動かせない。
今、振り返ればコイツの見え透いた小芝居にまんまと引っ掛かった自分が愚かしい。
引き合いにカイザーを出されたからと言え・・・コイツの言う通りに、オレが無意識に不動を撃ち殺していたなら、オレも、このまま撃ち抜かれるのが当然の報いなんだろう・・・。
天上院の指摘が頭を過ぎる。


『今のオレには無理だ』と・・・。


絶命するであろう瞬間に天上院の言葉を思い返すなんて・・・皮肉なものだ。

「YOUの顔が血と精液で染まる姿・・・想像するだけでエクスタシーだよ!ク・・・ククク・・・HAHAHAHA!!」

コイツは狂っている・・・。
オレは、このまま・・・このまま・・・堕ち逝く事しか出来ないのか・・・。
もう既に、無理に目を開ける気力すら失った。

「あ・・・あ・・・」

このまま堕ちてしまえば・・・楽になってしまえれば、全ての苦しみから解放される。
そう思い、口を開いた瞬間。

「十代!」

聞き覚えのある声が。


ヨハン・・・?


最後に・・・ヨハンの声が聞こえた。
幻聴まで・・・聞こえだした・・・のか。

「OH!」

デイビットの上擦ったような声が聞こえ、オレの髪を掴む力が弱まる。

「ヨハン・・・うぐぅ・・・」
「十代を放せ!あぁぁぁぁぁぁ!」
「うわぁぁぁぁぁ!」

衝撃音と窓ガラスが割れる音。
気が付くと掴まれていた髪からデイビットの気配が消えていた。
何が起きているんだろう・・・?

「十代!しっかりしろ!」

オレの両肩を力強く握り締めながら呼び掛けるヨハンの声が聞こえる。
幻聴じゃ・・・ない。

「ヨハン・・・」

デイビットとは明らかに違うオレの両肩を握る手に、現れる筈のないヨハンの声に、今、何が起きたのか必死で目を開こうとした。
微かに見える視界の中にヨハンが映る・・・。
本当に・・・ヨハン・・・なのか?
オレの肩を掴み、心配そうに揺さぶってくるヨハン・・・。

「ヨハン・・・!」

何故、今ここにヨハンが・・・?
視界と同じように霞む意識の中で疑問がふと浮かんだが、堕ちた筈の暗闇に差し込むたった一つの光に・・・オレはその光を求めて、手を差し出した。

「おい、どうした?!十代!もしかして、目を・・・!」
「デイビットに・・・、催涙スプレーを・・・」
「あの野郎・・・ッ!」

ヨハンの語気が荒くなった。
その途端、握り締められていたオレの両肩が軽くなった。

「ヨハン!」

消えてしまった体温に不安を覚え、オレは追い縋るようにヨハンの名前を呼んだ。
何を・・・何をしようとしてヨハンはオレから離れたんだ?
デイビットは・・・?
今まで狂気を振りかざしていたデイビットは何をしているんだ!?
オレは腕を伸ばし、ヨハンを求めた。

「そうだよ・・・な・・・。こんな状態の十代を置いていくのは・・・」

すぐ近くからヨハンの声が聞こえ、オレの手が掴み取られた。

「十代!逃げよう!」

ヨハンがオレの手を引き、走り出した。
視界が霞んだまま足元さえ見えなくて、オレは不安定な足取りで走った。
幾分、走った頃だろう・・・。
不意に、一つの疑問がオレの中に浮上した。
デイビットが追ってくる気配が・・・、ない!?

「ヨハン・・・!デイビットは・・・!?」
「デイビットは・・・、オレが・・・突き飛ばしたけど・・・よく・・・分からない。あの時、オレ、夢中だったから」
「ヨハン・・・?」

掴まれた手の力が一層強くなる。
元気付けるように、ヨハンはオレを闇から救おうとしている。
オレはヨハンに手を引かれ、走った。

「十代・・・、こっちだ!」

走って・・・走って、走って・・・。
手を引くヨハンに連れられて、走り続け・・・このまま全ての闇から抜け出せるような、そんな思いが過ぎりながら・・・オレたちはラブソフトを後にした。









昨夜、ラブソフトからヨハンに助けられ、その勢いのままヨハンの家に逃げ込んでしまった。
デイビットに催涙スプレーを掛けられたオレは視界が遮られていたので、どのように逃げ出せたのかよく覚えていない。
一夜明けた今朝、オレはヨハンの部屋の大きなベッドで目を覚ました。
リビングに移動すると、ソファーでヨハンは、まだ眠っていた。

「んん・・・ん?あれ・・・十代、もう起きたのか?おはよー」

昨夜、どうしてラブソフトにヨハンがいたのか・・・どうやってオレを助け出してくれたのか、聞きたい事は山程ある。
でも、寝惚け眼のヨハンに、いきなり聞くのも気がひける・・・。

「あー!十代じゃないか!!どうしたんだい、こんなに朝早くから?」

奥の部屋からヨハンの弟のユベルが出てきた。

「さっさと起きろ、ヨハン!ボクの愛しい十代が来ているんだよ!?」
「ん〜・・・、分かってるって・・・。昨日、オレと一緒に帰って来たんだから」
「なんて羨ましい・・・ッ!ずるいよヨハン!お前ばっかり十代とイチャイチャしやがって!十代と一緒の時はボクを誘えっていつもお願いしてるのに!!」
「アハハッ。ごめんごめん。でも大丈夫だぜ、ユベル。これからはしばらく十代もここで一緒に暮らすんだ・・・なっ、十代」

えっ?
そんな約束した覚えないのに・・・。
ヨハンの無責任な言葉を正そうと思っているうちにユベルが騒ぎだした。

「えっ、本当?これからは十代と一緒にいられるの?ねえ、十代それって本当かい?」

ヨハンがオレに目配せをする。
その表情は話を合わせてくれ、と言わんばかり。


・・・。


無邪気に喜んでくれているユベル。
落胆する顔は・・・あまり見たくない。
ヨハンとユベルは羨ましい程仲の良い兄弟だ。
ヨハンはユベルを大事にしていて、悲しませるような事は一切しない。
確か幼い頃に両親を亡くして、親戚の家で二人は育ててもらったんだって聞いた事がある。
ヨハンはユベルにとって兄でありながら父親であり、母親なのだろう。


・・・。


ずっと一緒に暮らす訳じゃないし・・・それに昨日の一件をヨハンから聞き出したい。
ここはヨハンの顔を立てておく事にするか・・・。

「あ、ああ・・・。何日か泊めてもらってもいいか?」
「勿論だよ!ボクの愛しい十代と一緒に暮らせるなんて嬉しいな」

長くは、一緒に暮らせない・・・。
この幸せな兄弟の生活とオレが今踏み込んでいる世界とでは、あまりにも隔たりがあり過ぎる・・・。